ゼロから知る農業の自然災害対策:未経験者が準備すべきこと
農業への一歩を踏み出そうと考えている未経験の方にとって、農業は自然を相手にする仕事である、という漠然としたイメージはあるかもしれません。しかし、具体的にどのような自然のリスクがあり、それに対してどのように備えれば良いのか、想像が難しいと感じる方もいらっしゃるでしょう。
台風や集中豪雨、冷害、干ばつなど、自然災害は時に作物の生育に大きな影響を与え、収入に直結する経営リスクとなります。未経験から農業を始めるにあたっては、こうしたリスクを理解し、適切に準備しておくことが、持続可能な農業経営のために非常に重要です。
この記事では、農業未経験者が知っておくべき自然災害の種類と、就農前に、そして就農後に準備・対応できる具体的な対策について解説します。
農業で考えられる主な自然災害とその影響
日本は四季があり、地域によって気候が大きく異なります。そのため、様々な種類の自然災害が発生する可能性があります。農業にとって特に影響が大きいと考えられる主な自然災害は以下の通りです。
- 台風・強風: 強い風で作物が倒れたり、ハウスなどの施設が損壊したりします。塩害による影響が出ることもあります。
- 豪雨・集中豪雨: 畑が冠水し、作物が窒息したり、土壌が流出したりします。病害が発生しやすくなることもあります。
- 干ばつ: 雨が極端に少なくなり、作物の生育に必要な水分が不足します。水田では水管理が困難になります。
- 冷害: 作物の生育に必要な温度が保たれず、生育が停滞したり、品質が低下したりします。特に東北地方や北海道で、稲作に大きな影響を与えることがあります。
- 雪害: 大雪によってハウスが潰れたり、冬場の作物が被害を受けたりします。交通網の遮断により、出荷ができなくなることもあります。
- 地震・津波: 畑や施設が物理的に損壊するほか、液状化や塩害が発生することもあります。
これらの自然災害は、収穫量の減少や品質の低下を招き、農業収入の減少に直結します。また、施設の復旧には多額の費用がかかる場合もあります。
自然災害への「事前の備え」:就農前にできること
就農前から自然災害リスクを意識し、準備を進めることが、リスク軽減の第一歩です。
1. 就農地・場所選びの視点
就農する地域や具体的な場所を決める際は、過去の災害履歴やハザードマップを確認することが重要です。
- ハザードマップの確認: 地域の洪水浸水想定区域図、土砂災害警戒区域図、津波浸水想定区域図などを自治体のウェブサイトなどで確認しましょう。浸水しやすい場所や、土砂災害の危険が高い場所を避ける選択も必要です。
- 過去の災害事例: その地域で過去にどのような自然災害が発生し、どのような被害があったのか、地域の農家さんや自治体の相談窓口などで情報を収集することも参考になります。
- 水源の確認: 干ばつリスクが高い地域では、安定した水源があるか、必要な水量を確保できるかも重要な確認事項です。
2. 栽培する作物の選択
自然災害への強さは、作物の種類や品種によって異なります。
- 地域の気候・風土に適した作物: その地域の気候や過去の災害履歴を考慮し、比較的災害に強い作物や、万が一被害を受けても比較的早く回復できる作物を選ぶことも一つの戦略です。
- 複数の作物の栽培: 一つの作物に依存せず、複数の作物を栽培することで、一つの作物が被害を受けても他の作物で補う「リスク分散」が可能です。
3. 施設の補強・点検
ハウスや作業小屋などの農業用施設は、強風や大雪で損壊する可能性があります。
- 耐候性の高い施設の選択: 新たに施設を建てる場合は、地域の気候条件(積雪量や風速など)を考慮した、より頑丈な構造の施設を検討しましょう。
- 定期的な点検と補強: 就農後も、施設の骨組みや被覆材に緩みや損傷がないか定期的に点検し、必要に応じて補強や修繕を行うことが重要です。
4. 排水対策
特に水はけの悪い圃場(ほじょう:畑のこと)では、豪雨による冠水リスクが高まります。
- 圃場の整備: 排水溝の設置や暗渠(あんきょ:地下に埋設する排水設備)排水など、圃場の排水性を高めるための整備を検討しましょう。
- 畝(うね)立ての工夫: 作物を植える畝を高くすることで、表面的な冠水を避ける効果があります。
5. 農業保険(共済)への加入検討
自然災害による損失を補填するための重要な手段が、農業保険や農業共済制度です。
- 農業共済制度: 国の農業保険制度であり、地域ごとに設立された農業共済組合(NOSAI)が運営しています。作物共済、家畜共済、果樹共済、畑作物共済、園芸施設共済など、様々な種類があり、自然災害による収量減や損害を補填してくれます。加入は任意ですが、多くの農家が利用しています。未経験者向けの研修などで制度の説明を受ける機会があるかもしれません。
- 民間保険: 農業共済でカバーされないリスクや、より手厚い補償を求める場合は、民間の農業保険や火災保険、施設保険などを検討することもできます。
就農前にこれらの制度について情報収集を行い、自身の経営規模や栽培作物に合わせて、加入を検討することが推奨されます。
自然災害発生時の対応と「事後の対策」
万が一、自然災害が発生してしまった場合の対応もあらかじめ知っておくことで、落ち着いて行動できます。
1. 被害状況の確認と記録
安全が確保されたら、速やかに圃場や施設の被害状況を確認します。
- 写真や動画での記録: 被害の状況を詳細に、様々な角度から写真や動画で記録しておきましょう。これは保険金の請求や公的支援の申請時に必要となります。
- 被害面積や数量の把握: どの圃場の、どの作物が、どれくらいの範囲で、どのような被害を受けたのかを具体的に記録します。
2. 関係機関への連絡
被害が発生したら、速やかに以下の関係機関に連絡・相談しましょう。
- 農業共済組合(NOSAI): 加入している場合は、被害発生を連絡し、今後の手続きについて指示を受けます。
- 市町村の農業担当課: 災害の報告とともに、利用できる可能性のある公的支援制度について情報を得ます。
- JA(農業協同組合): 組合員であれば、相談窓口として活用できます。
- 農業支援センターなど: 専門的なアドバイスや支援を受けられる場合があります。
3. 片付けと復旧作業
安全に配慮しながら、倒れた作物や施設の片付け、復旧に向けた作業を行います。二次的な被害を防ぐための応急処置も必要になる場合があります。
4. 公的支援制度の活用
国や自治体は、自然災害で被害を受けた農業者に対して様々な支援制度を用意しています。
- 被災農業者向け補助金: 施設の復旧や作物の再植付けにかかる費用の一部を補助する制度などがあります。
- 低利融資: 復旧に必要な資金を借り入れる際の金利負担を軽減する制度があります。
- 経営安定対策: 収入が著しく減少した場合に、その一部を補填する制度などもあります。
これらの制度は災害の種類や規模によって内容が異なるため、最新の情報を自治体や関係機関から収集することが重要です。
リスク管理を経営計画に組み込む重要性
自然災害対策は、農業経営全体のリスク管理の一部です。就農計画を立てる段階で、自然災害が発生した場合の影響を想定し、対策を講じることを計画に組み込んでおくことが望ましいでしょう。
例えば、年間の経営計画の中で、施設の点検時期を設けたり、災害時の連絡体制を決めたり、非常用資材の備蓄計画を立てたりといった具体的な行動計画を盛り込むことで、いざという時に冷静に対応できるようになります。
まとめ
農業未経験者にとって、自然災害は大きな不安要素の一つかもしれません。しかし、自然災害のリスクを過度に恐れるのではなく、その種類を理解し、事前の備えをしっかりと行うこと、そして万が一被害が発生した場合の対応策を知っておくことが大切です。
就農地の選定、栽培作物の選択、施設の補強、排水対策、そして農業共済をはじめとする保険制度への加入検討など、事前にできることはたくさんあります。また、公的な支援制度を上手に活用することも、リスクを乗り越えるための重要な手段です。
農業は自然の恩恵を受けながら行う仕事ですが、同時に自然の厳しさとも向き合う必要があります。リスク管理をしっかりと学び、準備を進めることが、未経験からの就農を成功させ、安心して農業を続けるための力となるはずです。まずは地域のハザードマップを確認したり、就農相談の際に災害リスクについて質問したりすることから始めてみてはいかがでしょうか。