ゼロから描く就農の収入と支出:未経験者のための資金計画徹底ガイド
ゼロから描く就農の収入と支出:未経験者のための資金計画徹底ガイド
はじめに
「農業で生活していくには、実際どれくらいのお金がかかるのだろうか?」「収入は安定するのだろうか?」
農業経験がない方が就農を検討する際、資金面での不安は最も大きいものの一つではないでしょうか。特に、会社員などの給与所得に慣れている方にとっては、収入が天候や市場価格に左右される農業の特性は、大きな壁のように感じられるかもしれません。
しかし、就農後の生活を安定させ、事業を継続していくためには、初期投資だけでなく、日々の運転資金や生活費を含めた全体像を把握し、現実的な資金計画と収入予測を立てることが不可欠です。
この記事では、農業未経験の方が就農を目指すにあたり、どのように資金計画を立て、収入を予測すれば良いのかについて、具体的なステップや考慮すべき点を分かりやすく解説します。お金に関する不安を解消し、一歩踏み出すための参考にしてください。
なぜ資金計画と収入予測が必要なのか?
就農における資金計画と収入予測は、単にお金の計算をするだけでなく、将来の農業経営の羅針盤となります。
1. 不安の解消と現実把握
漠然としたお金の不安を具体的な数字に置き換えることで、何にどれくらいのお金が必要なのか、どのくらい収入が見込めるのかが明確になります。これにより、不安が軽減され、現実的な目標設定が可能になります。
2. 資金調達の計画
必要な資金総額が分かれば、自己資金で賄える部分と、借入や補助金で補うべき部分が明確になります。金融機関や支援制度への申請時には、しっかりとした資金計画を示すことが必須となります。
3. 経営の継続性確保
初期投資だけでなく、作物が育ち、収穫・販売できるようになるまでの生活費や、肥料・燃料などの運転資金も考慮に入れることで、資金ショートを防ぎ、事業を継続させるための基盤を築けます。
4. 事業目標の設定と検証
収入予測を立てることで、「この面積でこの作物を栽培すれば、年間〇〇円の収入が見込める」といった具体的な事業目標を設定できます。計画通りに進んでいるかを定期的に検証し、必要に応じて計画を見直すことも可能になります。
就農に必要な資金の内訳
就農に必要な資金は、大きく分けて「初期投資」と「運転資金」があります。選択する就農形態や作物、地域によって大きく変動しますが、主な項目を把握しておきましょう。
初期投資
就農を開始する際に一度だけ(または最初の数年間で集中的に)必要となる費用です。
- 農地取得費・賃借料: 農地を購入するか借りるかで大きく異なります。地域や立地によっても価格は様々です。
- 農機具・施設費: トラクター、耕うん機、運搬機などの機械、ハウスや灌水設備など。中古やリース、共同利用なども選択肢に入ります。
- 種苗・苗木費: 最初の作付けに必要な種子や苗の購入費用です。
- その他: 倉庫や作業場、事務所の整備費、軽トラックや運搬用の車両、パソコンや事務用品など。
運転資金
農業経営を継続していくために日常的に必要となる費用です。収入が入るまでの期間や、年間を通して発生する費用が含まれます。
- 肥料・農薬費: 作物を育てるために必要な資材の費用です。
- 燃料費: 農機具や運搬車両の燃料費です。
- 種苗・苗木費: 年間の作付けに必要な種子や苗の購入費用です。
- 人件費: 家族以外に労働者を雇用する場合の賃金です。
- 光熱費: 電気、ガス、水道などの費用です。
- 修繕費: 農機具や施設の修理・メンテナンス費用です。
- 通信費: 電話やインターネットなどの費用です。
- 出荷・販売関連費: 包装資材費、運送費、販売手数料などです。
- 保険料: 農作物共済や施設保険などです。
- 租税公課: 固定資産税などです。
- 生活費: 収入が得られるまでの期間や、収入が少ない時期の生活を支えるための費用です。
これらの項目をリストアップし、それぞれにどれくらいの費用がかかるかを概算することから始めます。地域の農業支援センターや先輩農家からの情報収集が役立ちます。
収入予測の立て方
農業収入は、作物の種類、栽培面積、単収(10aあたりの収穫量)、販売価格、販売量によって変動します。現実的な収入予測を立てるためのステップをご紹介します。
1. 栽培作物と栽培面積の決定
まずは、どのような作物をどのくらいの規模で栽培するかを具体的に決めます。これにより、必要な資材や作業量、そして見込み収穫量が計算できるようになります。地域の気候や土壌に適した作物、販売が見込める作物を選ぶことが重要です。
2. 目標単収と販売単価の設定
- 単収: 目標とする10aあたりの収穫量を設定します。これは、栽培技術の習熟度や圃場の条件によって変動します。地域の標準的な単収や、目標とする収量を調べましょう。
- 販売単価: 予測される販売価格を設定します。市場価格は変動するため、過去のデータや、予定している販売方法(市場出荷、直売、契約販売など)に基づく現実的な価格を設定することが大切です。
3. 見込み総収量の計算
栽培面積 × 目標単収 = 見込み総収量
例えば、ナスを10aで栽培し、目標単収を5トン/10aとする場合、見込み総収量は5トンとなります。
4. 見込み販売量の設定
収穫した作物の全てが販売できるわけではありません。品質基準を満たさないものや、自家消費分などを考慮し、販売できる量(見込み販売量)を設定します。
見込み総収量 × 販売率(例: 80%) = 見込み販売量
5. 見込み販売金額(農業収入)の計算
見込み販売量 × 予測販売単価 = 見込み販売金額(農業収入)
この計算を、栽培する作物ごとに行い、合計することで年間の農業収入の予測ができます。
6. 農業以外の収入源の検討
農業収入だけでは生活費を賄えない可能性も考慮し、他の収入源も検討します。
- 兼業: 農業以外の仕事を続ける、または新しく始める。
- 加工・販売: 自分で加工品を作って販売する、観光農園を経営する、農家民宿を経営するなど、6次産業化を目指す。
- 地域でのアルバイト: 農閑期などを利用して、地域で働く。
これらの収入も加味することで、より現実的な生計の見込みが見えてきます。
資金計画と収入予測を照合する
必要な資金のリストアップと、予測される収入の見込みができたところで、両者を照合し、具体的な資金計画を立てていきます。
ステップ1:必要な資金総額の算出
初期投資と、収入が入るまでの期間(作物の種類によりますが、一般的に数ヶ月から1年以上かかることもあります)の運転資金、そして生活費を合計し、就農開始から収入が軌道に乗るまでの期間に必要な資金総額を算出します。
ステップ2:自己資金の確認
用意できる自己資金がいくらあるかを確認します。貯蓄、退職金、家族からの援助などが含まれます。
ステップ3:不足額の計算と資金調達方法の検討
必要な資金総額から自己資金を差し引き、不足する金額を算出します。この不足額をどのように調達するかを検討します。
- 融資: 日本政策金融公庫の青年等就農資金など、農業向けの融資制度があります。
- 補助金・助成金: 国や自治体などが提供する就農支援のための補助金・助成金があります。返済不要なものもありますが、受給には条件があり、申請から交付まで時間がかかる場合があります。
融資を受ける場合は、返済計画(返済期間、金利、毎月の返済額)を資金計画に組み込む必要があります。
ステップ4:資金繰り表の作成
資金繰り表は、収入と支出の予定を月ごとに記したものです。これにより、いつ頃資金が必要になり、いつ頃収入が入るのか、資金が不足する時期はあるかなどを視覚的に把握できます。特に、収入が入るまでの期間や、収穫期以外で支出が多くなる時期には、資金がショートしないように注意が必要です。
例:簡易資金繰り表(最初の1年間)
| 月 | 農業収入(予測) | その他収入(予測) | 合計収入 | 初期投資(予定) | 運転資金(予定) | 生活費(予定) | 合計支出 | 収支 | 残高 |
| :--- | :--------------- | :----------------- | :------- | :--------------- | :--------------- | :------- | :------- | :----- | :----- |
| 4月 | 0 | 200,000 | 200,000 | 1,000,000 | 100,000 | 250,000 | 1,350,000| -1,150,000| -1,150,000|
| 5月 | 0 | 200,000 | 200,000 | 500,000 | 150,000 | 250,000 | 900,000 | -700,000 | -1,850,000|
| 6月 | 0 | 200,000 | 200,000 | 0 | 100,000 | 250,000 | 350,000 | -150,000 | -2,000,000|
| ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... |
| 9月 | 800,000 | 200,000 | 1,000,000| 0 | 100,000 | 250,000 | 350,000 | +650,000 | -1,350,000|
| ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... | ... |
| 3月 | 100,000 | 200,000 | 300,000 | 0 | 50,000 | 250,000 | 300,000 | 0 | 残高 |
(これはあくまで例であり、実際の項目や金額は個別の状況によって大きく異なります。)
この表を作成することで、資金が不足する時期や、必要な融資額・自己資金がより具体的に見えてきます。
ステップ5:計画の見直しと予備費の確保
作成した計画はあくまで予測です。天候不順による減収、病害虫の発生、市場価格の下落など、予期せぬ事態が発生する可能性も考慮し、一定の予備費を資金計画に組み込んでおくことをお勧めします。また、計画は一度作成したら終わりではなく、就農後も定期的に見直し、現実とのずれを修正していくことが重要です。
利用できる制度・支援について
資金計画を立てる上で、活用できる国の制度や自治体の支援策を把握しておくことは非常に重要です。
- 青年等就農計画制度(認定新規就農者制度): 市町村から「青年等就農計画」の認定を受けると、様々な支援策の対象となります。
- 農業次世代人材投資事業(旧青年就農給付金): 準備型(研修期間中)と経営開始型(就農初期)があり、要件を満たせば資金の交付を受けられる場合があります。
- 日本政策金融公庫の融資制度: 青年等就農資金など、新規就農者向けの低利な融資制度があります。
- 各自治体独自の支援策: 研修費用の助成、農地取得への補助、機械導入への補助など、地域によって様々な支援があります。
これらの制度の詳細は変更されることがありますので、必ず最新情報を確認し、ご自身の状況に合ったものを検討してください。詳しい情報収集は、地域の農業支援センターや、就農相談窓口で行うことができます。(各制度の詳細については、別の記事で詳しく解説しています。)
まとめ:計画を立て、一歩ずつ進もう
農業未経験から就農を目指す上で、資金や収入に関する不安は当然のことです。しかし、その不安を漠然としたままにせず、具体的な数字に基づいた資金計画と収入予測を立てることで、現実的な見通しを持つことができます。
この記事でご紹介したステップを参考に、ご自身の就農計画に必要な資金の内訳をリストアップし、現実的な収入目標を設定してみてください。資金繰り表を作成することで、お金の流れを把握し、資金不足のリスクを減らすことができます。
計画通りに進まないこともあるのが農業ですが、しっかりとした計画があることで、課題が見えやすくなり、対策を立てやすくなります。
まずは、情報収集から始めて、資金計画と収入予測の第一歩を踏み出してみましょう。この記事が、あなたの就農への道筋を描く一助となれば幸いです。