ゼロから知る!農業経営で大切な『数字』の基礎知識:未経験者のための資金管理と会計入門
農業を始めたいという想いはあるものの、「経営」となると難しそうで、特に「数字」の話には苦手意識がある、という未経験の方は少なくありません。作物を育てる技術はもちろん大切ですが、農業を事業として継続し、安定した収入を得ていくためには、経営状況を数字でしっかり把握することが不可欠です。
この記事では、農業未経験の方がまず知っておくべき、農業経営における「数字」の基礎知識を分かりやすく解説します。収入と支出の考え方、資金繰りの重要性、そして会計や税金の基本について、一つずつ見ていきましょう。
なぜ農業経営で「数字」の管理が重要なのか
なぜ、農業の技術だけでなく、数字の管理もそれほどまでに重要なのでしょうか。主な理由は以下の通りです。
- 経営状況の正確な把握: 売上はどのくらいで、経費はいくらかかっているのか。利益は出ているのか。数字で確認することで、現在の経営がうまくいっているのか、改善すべき点はないのかを客観的に判断できます。
- 適切な経営判断: 例えば、「この作物はどれくらい儲かるのだろうか」「新しい機械を導入すべきか」といった経営上の重要な意思決定は、数字に基づかなければ成り立ちません。感覚だけでなく、根拠のある判断が可能になります。
- 資金繰りの安定: 農業は、収入が入る時期と経費が出ていく時期に大きな波があることがあります。いつ、いくらお金が必要になるかを予測し、手元に資金がある状態を保つ「資金繰り」は、経営を続ける上で生命線となります。
- 税金の申告: 農業で得た収入には税金がかかります。適切な申告と納税を行うためにも、日々の取引を記録し、経営状況を把握する必要があります。
- 融資や補助金の申請: 資金調達のために金融機関から融資を受けたり、国の補助金や助成金を活用したりする際、事業計画書や過去の経営実績を示す数字の提出が求められます。
「数字は苦手だから誰かに任せたい」と思われるかもしれませんが、ご自身の経営の根幹に関わる部分ですので、最低限の知識はぜひ身につけてください。
農業経営で最低限知っておきたい「数字」の基本用語
まずは、農業経営で頻繁に出てくる基本的な数字に関する用語をいくつかご紹介します。
- 売上(収入金額): 作物や加工品などを販売して得た収入の合計金額です。
- 経費: 農業を行う上でかかった費用のことです。種苗費、肥料費、農薬費、農機具の燃料費や修繕費、人件費、家賃、光熱費、通信費、運搬費などが含まれます。
- 利益: 売上から経費を差し引いた金額です。「売上 - 経費 = 利益」となります。この利益からさらに税金などが引かれたものが手元に残る金額のベースとなります。
- 手元資金(キャッシュ): 実際に今、使える現金や預金のことです。売上が入っても、経費の支払いが多ければ手元資金は減ります。利益が出ていても、売掛金(まだ回収できていない売上金)が多かったり、大きな設備投資をしたりすると、一時的に手元資金が少なくなることもあります。
- 資金繰り: 将来の収入と支出を予測し、必要な時に手元に資金がある状態を維持するための管理のことです。
これらの用語は、後述する日々の記録や会計の基礎となります。
収入と支出を記録する「帳簿」のつけ方
農業経営の数字を把握する第一歩は、日々の収入と支出を記録することです。これを「帳簿をつける」といいます。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、最初は特別な知識は必要ありません。
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何のために記録するか:
- 売上や経費を正確に把握し、利益を計算するため。
- 将来の計画や税金計算の基とするため。
- お金の流れ(資金繰り)を把握するため。
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記録すべき項目:
- 日付: いつお金のやり取りがあったか
- 内容: 何の売上か(例: キャベツ販売)、何の経費か(例: 肥料購入)
- 金額: いくらお金が動いたか
- 取引先: 誰から収入を得たか、誰に支払ったか
- 支払い方法: 現金、振込など
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記録の方法:
- 手書きのノートや市販の簡易帳簿: 最初はこれで十分です。日付順にシンプルに記録していきます。
- Excelなどの表計算ソフト: ある程度PC操作に慣れている方なら、計算もできて便利です。テンプレートを探したり、自分で簡単なシートを作ったりして記録できます。
- 農業用会計ソフト: 農業の科目に特化しているものや、簿記の知識がなくても入力しやすいものが市販されています。規模が大きくなってきたら検討しても良いでしょう。
どの方法を選ぶにしても、「毎日記録する」ことが重要です。まとめてやろうとすると、忘れてしまったり、レシートや請求書をなくしてしまったりして、正確な記録が難しくなります。最初は簡単な形式で良いので、まずは記録する習慣をつけましょう。
農業特有の「資金繰り」の注意点
農業の収入と支出には、季節による変動が大きいという特徴があります。
- 収入: 収穫・出荷時期に集中することが多いです。特定の作物によっては、年に一度だけ大きな収入があるということもあります。
- 支出: 種苗や肥料の購入、耕うん作業などは作付け前や生育初期に集中しがちです。また、農機具の購入や修繕といった大きな支出が発生することもあります。
このため、収穫期までの間、収入がないのに経費の支払いだけが続く、といった状況が発生しやすくなります。利益が出ているはずなのに、手元に使えるお金がない「黒字倒産」といった事態を避けるためにも、資金繰りの計画と管理が非常に大切になります。
資金繰り管理のポイント:
- 収入と支出の年間予測: 年間の作業計画に合わせて、いつ頃どれくらいの収入が見込めるか、いつ頃どれくらいの経費がかかるかを予測します。
- キャッシュフロー表の作成: 予測した収入と支出を月ごとに並べて、月末に手元資金がいくら残るかをシミュレーションしてみましょう。資金がマイナスになりそうな月が分かれば、事前に準備(貯蓄を取り崩す、つなぎ融資を検討するなど)ができます。
- 余裕を持った資金計画: 予期せぬトラブル(病害虫、自然災害など)で収入が減ったり、追加で経費がかかったりすることもあります。ある程度の余裕資金を持っておくことが安心に繋がります。
最初は完璧でなくても大丈夫です。まずは、いつ収入があり、いつ大きな支出があるかを把握するだけでも、資金繰りの不安は大きく軽減されます。
農業と「税金・会計」の基礎知識
農業で収入を得るようになると、税金に関する手続きが必要になります。
- 所得の種類: 農業で得た所得は、一般的に「農業所得」として計算されます。事業所得の一種となります。
- 確定申告: 1月1日から12月31日までの1年間の所得を計算し、翌年の2月16日から3月15日までの間に税務署に申告する手続きが必要です。これが確定申告です。
- 青色申告と白色申告: 確定申告には、「青色申告」と「白色申告」があります。
- 白色申告: 簡易な帳簿付けで済みますが、税制上の特典は少ないです。
- 青色申告: 白色申告よりも詳しい帳簿付け(複式簿記など)が必要になりますが、最大65万円または10万円の青色申告特別控除を受けられたり、赤字を翌年以降に繰り越せたりするなど、税制上のメリットが大きいです。 最初は白色申告から始めて、慣れてきたら青色申告に切り替える方も多いです。
- 消費税: 一定以上の売上がある場合は、消費税の申告・納税が必要になる場合があります。
- 農業特有の会計: 農業には、棚卸資産(収穫前の育成中の作物など)の評価や、特定の農機具に対する税制上の特例など、独自の会計・税務処理が必要となる場合があります。
簿記や会計の知識がないと難しく感じるかもしれませんが、まずは日々の取引をしっかり記録することから始め、確定申告の時期になったら、税務署や税理士に相談しながら進めていくのが良いでしょう。
どこに相談できる?
農業経営の数字や会計・税金について不安がある場合、相談できる窓口があります。
- 農業普及指導センター: 各都道府県に設置されており、農業技術だけでなく、経営に関するアドバイスも行っています。
- JA(農業協同組合): 組合員向けに、営農指導や税務に関する相談を受け付けている場合があります。
- 税務署: 確定申告の時期には相談窓口が設置されます。申告書の書き方などを教えてもらえます。
- 税理士: 専門家として、複雑な会計処理や税務相談、確定申告の代行などを依頼できます(有料)。
- 商工会・商工会議所: 地域によっては、農業者向けの経営相談や記帳指導などを行っている場合があります。
これらの窓口を活用し、一人で抱え込まずに専門家や支援機関の助けを借りることをおすすめします。
まとめ:まずは「記録」から始めてみましょう
農業未経験者にとって、農業経営の「数字」は難しく、敬遠されがちな分野かもしれません。しかし、安定した農業経営を続けるためには、売上や経費、資金繰りをしっかり把握することが不可欠です。
この記事でご紹介した内容は、農業経営の数字に関するごく基本的な部分ですが、まずはここから始めてみましょう。
- 日々の収入と支出を必ず記録する習慣をつける。 (手書き、Excel、簡易ソフトなど、やりやすい方法で)
- 記録した数字から、売上、経費、利益がいくらくらいなのかを把握してみる。
- お金がいつ入ってきて、いつ出ていくのか、年間の資金の流れをイメージしてみる。
完璧を目指す必要はありません。まずは「見える化」することから始めてください。数字が分かれば、次に何を改善すればよいか、どこに問題があるのかが見えてきます。
数字は、あなたの農業経営という船を、安全に、そして目標に向かって進めるための羅針盤のようなものです。一つずつ理解を深め、使いこなせるようになれば、就農への不安も和らぎ、より現実的で確かな一歩を踏み出せるようになるでしょう。
困ったときは一人で悩まず、地域の相談窓口や専門家を頼ってください。