ゼロから始める事業承継型就農:後継者募集を探す方法とメリット・デメリット
未経験からの就農、もう一つの選択肢「事業承継」とは
農業に関心を持ち、ゼロから就農を目指す際、多くの方が「自分で農地を探し、イチから農業を始める」イメージをお持ちかもしれません。しかし、実はもう一つ、有力な選択肢があります。それが、すでに農業を営んでいる高齢の農家さんから経営を引き継ぐ「事業承継型就農」です。
日本の農業は、後継者不足が深刻な課題となっています。丹精込めて育ててきた農地や培ってきた技術が、後継者がいないために失われてしまうケースも少なくありません。一方で、農業を始めたいけれど、農地や初期投資の不安がある未経験者の方がいらっしゃいます。
この「後継者がいない農家」と「農業を始めたい未経験者」を結びつけるのが、事業承継型就農です。この記事では、事業承継型就農とは具体的にどのようなものか、未経験者にとってのメリットやデメリット、そしてどのように後継者を探すのかについて、分かりやすく解説します。
事業承継型就農とは?基本的な流れ
事業承継型就農とは、主に高齢などを理由に農業経営を続けることが難しくなった農家(譲渡者)から、農地、建物、機械、設備、時にはノウハウや販路なども含めて経営全体を引き継ぎ、新規に農業を開始する就農形態を指します。
単に農地を借りる・買うのとは異なり、すでに形になっている「事業」を受け継ぐのが特徴です。具体的な流れはケースによって様々ですが、一般的には以下のようなステップで進みます。
- 情報収集・相談: 事業承継のマッチング情報や相談窓口を探します。
- 見学・面談: 関心のある農家を訪ね、経営内容や引き継ぎ条件について詳しく話を聞きます。
- 研修・試行: 引き継ぎ前に、譲渡者のもとで実際に農業研修を行い、技術や経営方法を学びます。譲渡者も後継者候補の適性を見極める期間となります。
- 条件交渉・契約: 引き継ぎ内容、価格、時期などの条件について話し合い、合意に至れば契約を締結します。農地の権利移転など、法的な手続きも必要です。
- 事業承継: 経営権や資産が正式に移転し、就農がスタートします。引き継ぎ後も、しばらくは譲渡者からアドバイスを受けるなどサポートがある場合が多いです。
未経験者にとっての事業承継型就農のメリット
事業承継型就農は、ゼロから農業を始める場合に比べて、未経験者にとっていくつかの大きなメリットがあります。
- 初期投資を抑えられる可能性: 既存の農地、建物、農業機械、設備などを引き継げるため、これらをイチから準備するよりも初期投資を大幅に抑えられる可能性があります。特に高額な農業機械などを取得する費用は大きな負担となりがちですが、事業承継ではその負担を軽減できる場合があります。
- 技術やノウハウを直接学べる: 譲渡者であるベテラン農家から、長年培われた栽培技術や経営ノウハウを直接学ぶことができます。書物や研修だけでは得られない実践的な知識や、その地域の気候・土壌に合った栽培方法などを、実地で身につけられるのは非常に貴重です。
- 既存の販路やネットワークを引き継げる可能性: 譲渡者が築いてきた出荷ルートや取引先(農協、直売所、市場、顧客など)を引き継げる場合があります。これにより、販路開拓の苦労を軽減し、就農初期から比較的安定した収入を得られる可能性があります。また、地域の農家仲間や関係機関との人間関係も引き継ぐことで、地域に溶け込みやすくなる側面もあります。
- ゼロからよりも早期に安定した経営を目指せる: すでに軌道に乗っている(または過去に軌道に乗っていた)事業を引き継ぐため、農地を整備したり、設備を整えたりする時間をかけずに、比較的早期に営農を開始できます。ノウハウや販路があれば、売上も比較的早く立ち上がりやすいでしょう。
事業承継型就農のデメリットと注意点
魅力的な事業承継型就農ですが、メリットだけではなく、未経験者だからこそ注意すべきデメリットやリスクも存在します。
- 引き継ぐ事業の「負」の部分も受け継ぐ: 経営がうまくいっていない、多額の負債がある、農地や設備が老朽化している、特定の取引先に依存しすぎているなど、譲渡者が抱える経営上の課題や問題をそのまま引き継いでしまうリスクがあります。事前の十分な調査と見極めが不可欠です。
- 引き継ぎ条件の交渉が複雑: 農地や資産の評価、引き継ぎ価格、支払い方法、引き継ぎ期間中の労働条件など、交渉すべき事項が多く、複雑になりがちです。条件が折り合わない場合や、後々トラブルに発展する可能性も考えられます。
- 人間関係の難しさ: 譲渡者との相性や関係構築が非常に重要です。長年自分のやり方でやってきた譲渡者と、新しい考え方で始めたい未経験者との間で、意見の対立が生じることもあります。また、地域の人間関係や昔からの慣習に馴染む努力も必要です。
- 自由度への制約: 引き継ぐ経営の作物や栽培方法、販路などが固定されている場合、自身のやりたい農業と異なる可能性があります。すぐに方向転換が難しい場合もあり、ある程度の制約を受け入れる必要があるかもしれません。
- 想定外のトラブル: 契約時には分からなかった農地の隠れた問題(土壌の質、病害虫の発生履歴など)や、機械の故障などが後から判明するリスクもあります。
これらのデメリットを踏まえ、事業承継を検討する際は、良い面だけでなく悪い面もしっかりと把握し、リスクを理解した上で慎重に進めることが重要です。
事業承継型就農を探す方法
では、具体的にどのようにして後継者を探している農家と出会えるのでしょうか。未経験者が事業承継の情報を得るための主な方法をご紹介します。
- 自治体の農業担当窓口・農業委員会: 多くの市町村には農業に関する相談窓口や農業委員会があります。地域内の後継者情報を把握している場合があり、相談に応じてくれる可能性があります。まずは関心のある移住先の自治体に問い合わせてみるのが良いでしょう。
- 都道府県の農業経営承継支援センター等: 各都道府県には、農業経営の円滑な承継を支援するための専門機関や窓口が設置されています。「農業経営承継支援センター」「就農支援センター」などの名称で運営されていることが多いです。事業承継に関する専門的な相談や、マッチング支援を行っています。
- 全国農業会議所・都道府県農業会議: 農業経営全般に関する情報提供や相談を受け付けている公的機関です。事業承継に関する情報や、関係機関への橋渡しも期待できます。
- 就農相談会・イベント: 各地で開催される就農相談会や移住フェアには、事業承継に関する情報コーナーが設けられたり、支援機関の担当者が参加したりしています。直接話を聞ける貴重な機会です。
- インターネットの情報サイト・マッチングプラットフォーム: 近年、農業版の事業承継マッチングサイトや、就農希望者と農家を繋ぐWebサービスが登場しています。これらのサイトで情報を収集したり、登録したりすることも有効です。ただし、サイトの信頼性や情報の鮮度には注意が必要です。
- 地域の農協、農業法人、先輩農家: 実際にその地域に入り込み、農協の担当者や地域の農業法人、すでに就農している先輩農家などに相談してみるのも良い方法です。地域の実情に詳しい生の情報が得られる可能性があります。
これらの窓口や方法を複数組み合わせて活用し、積極的に情報収集を行うことが、良い縁を見つけるための第一歩となります。
成功へ導くための重要なポイント
事業承継型就農を成功させるためには、事前の準備と引き継ぎ後の努力が欠かせません。
- 徹底的な情報収集と見極め: 引き継ぎを検討している農家の経営状況、農地の状態、設備の状態、抱える課題などを、書類上だけでなく実際に見て、譲渡者や地域の関係者から詳しく話を聞き、多角的に評価することが非常に重要です。必要であれば、専門家(農業経営コンサルタント、税理士など)の意見も求めましょう。
- 譲渡者との信頼関係構築: 事業を引き継ぐということは、単なるモノの売買ではありません。長年その農家さんが大切にしてきたものを引き継ぐのです。譲渡者との人間的な相性も重要ですし、信頼関係を築くことが円滑な引き継ぎと、その後のサポートにも繋がります。
- 契約内容の明確化: 引き継ぎの対象となる資産、評価額、支払い方法、スケジュール、引き継ぎ期間中の研修内容や労働条件、万が一のトラブル発生時の対応など、重要な事項は必ず書面で明確に取り決めましょう。後々の誤解やトラブルを防ぐために、専門家(弁護士など)に相談することも検討してください。
- 研修期間を最大限に活用: 引き継ぎ前の研修期間は、技術やノウハウを学ぶだけでなく、譲渡者の仕事への向き合い方や地域での人間関係などを知る貴重な機会です。積極的に質問し、実践的なスキルを身につけましょう。
- 地域コミュニティへの溶け込み努力: 農業は地域との関わりが非常に重要です。地域の集まりやイベントに積極的に参加したり、近隣の農家さんと交流したりするなど、地域の一員となる努力を惜しまないことが、就農後の支えとなります。
まとめ:事業承継型就農は未経験者にとっての大きな可能性
ゼロからの就農は、確かに多くの不安や課題を伴います。しかし、事業承継型就農という選択肢を知ることで、そのハードルが大きく下がる可能性があります。既存の資産やノウハウ、販路を引き継げることは、未経験者にとって非常に心強いスタートとなるでしょう。
一方で、引き継ぐ事業のマイナスの側面や、人間関係の難しさといったリスクも存在します。事業承継は、単に農地や機械を受け継ぐだけでなく、譲渡者の歴史や地域との関係性をも引き継ぐ営みです。そのため、徹底的な情報収集と見極め、そして譲渡者や地域との良好な関係構築への努力が不可欠となります。
もしあなたが農業に関心があり、初期投資やノウハウの習得に不安を感じているのであれば、事業承継型就農も選択肢の一つとして真剣に検討してみてはいかがでしょうか。この記事でご紹介した探し方やポイントを参考に、まずは情報収集の一歩を踏み出してみてください。あなたの新しい農業人生の可能性が、そこから広がっていくかもしれません。